その後の私
房子を亡くしてから５年の歳月が流れました。 当初は落ち込んでいた私ですが、幸いにも同じく愛妻家であった城山三郎氏のように重篤な
ものにはならずに済みました。 これは多分、妻が生きているうちから、妻のことをいろいろ思いやり、一生懸命に詩作した
事が良かったのだと思います。 人間はどんな悲惨な状況下でも美しいものや崇高なものを感じ取る力を持っています。フラ
ンクルが「夜と霧」の中で述べていたと思いますが、彼は何時殺されるかもしれない収容所
においても夕日に感動したりする人達を目撃しています。それと同様に、妻の死と向きあう
厳しい状況下でも、自分の思いをうまく表現できた時、少しの悦びのようなものを感じま
す。斉藤茂吉が母の死に接して「死にたまふ母」を詠んでいますが、同じだったのではない
でしょうか。 そのような詩作の悦びに支えられて作り続けるうちに、妻の死を現実として捉え、向き合
い、妻と納得ゆくまで心を通じ合わせる事ができるようになっていったのだと思います。 これは、妻がいなくてももう平気だ、というのとはちょっと違います。私はいまだに、妻に
会えるならすぐ死んでもいい気持ちです。でも、取り敢えずは大きく落ち込まずに目先に小
さな目標を持って頑張る事が出来る、そんなところです。 今、私は小さな画廊を建て、そこに自分が制作した絵や写真や蒐集した陶器類を並べて他
の人に見て頂いたり、希望する方にはお貸ししたりしています。また、ミニコンサートをす
ることもあります。今までに、ソプラノ独唱、ギター、ジャズトリオ、ブルースハープ、フ
ルート、ハープシコード、etc・・といろいろやって来ました。五嶋みどりさんやマヌエ
ラ・ヤンケさんもいらしたことがあります。 そこによく足を運んで下さる常連さん達とそこでパーティーをする事もしばしばです。そん
な時は、妻が入院した時に覚えた料理の数々が役に立ちます。画廊を作ることによって出来
た友人達と一緒に呑むのも楽しいものです。勿論妻が生きていたらもっともっと楽しいでし
ょうがー。
（２０１６年追記） 私は近年は淡彩による風景画や花の絵を描いてきましたが、２０１１年意を決して抽象画
に挑戦しました。画材はアクリル絵の具です。自分としては納得できる仕上がりだったの
で、以前から憧れていたフランスのサロンドートンヌに出品しました。運良く初出品で入選
となりました。パリまで見に行きましたが、世界中からの出品者や、パリの著名人が沢山来
ていて、大変に盛況で圧倒されました。レオナール藤田を始め日本人の有名な画家達がここ
で研鑽したかと思うと身の引き締まる思いでした。会長さんからはとても良い評価を頂きま
した。 これに力を得て、まだ力があるうちに傑作を沢山残さねばという気持ちになり、画廊の合間
を縫って、絵の制作に励んでいます。２０１６年の今年までに合計５回の入選を果たしまし
た。 勿論、房子もサロン・ド−トンヌは良く知っていましたので、天国で喜んでいてくれるとは
思いますが、生きている時に、共に感動を分かち合えたならどんなに良かったことでしょ
う。
これからも残された時間を大切に、良い作品を作っていきたいと思います。
読んでくださって有難うございました。
（２０２１年４月追記） 上記から５年が経ちました。世の中は新型コロナの蔓延で大変なことになっています。日本でも騒
ぎだしてからもう１年以上になります。外出自粛になってからの１年間は運動不足や脳の劣化を防ぐ
べく自分でルーティンワークを決めて実行しています。全然上達しない英会話の教材を目標を立て
てやってきました。上達はしなくとも、学習する喜びは感じています。この年になって気付きました
が、学習習慣が人を救う事があるんだという事です。１日３０分のアスレチックバイク漕ぎ、絵画制
作、ジャズを聴きながら水割りを飲みながらの夕食作り、どれも楽しいですね。
この籠っていた１年間にちょっと良い事もありました。
・２０２１年開催のフランスの世界最古の公募展ル・サロンに入選しました。
・やはり２０２１年開催のスペイン美術賞展に招待出品が決まりました。
・パーラービーズコンクールのアート部門で優秀賞を頂きました。
サロン・ド−トンヌは抽象絵画が主流ですが、ル・サロンは写実絵画が主流です。
抽象画は一般の方は批評を加えにくいものですが、写実絵画は好き嫌いがはっきりしていて誰でも
意見を言えます。私の中では、写実絵画でも人を納得させなければ画家をして不十分といった気持
ちがあるので挑戦してみたわけです。サロン・ド−トンやル・サロンで何度も入選していると
フランスで画家としての就労ビザが取れると聞きました。コロナがあけたら数年修行に行く
のもいいですね。きっと房子も付いてきてくれるでしょう。
ともかく一生懸命何かに打ち込んで、時期が来たらあっさりと天国に行って房子に会う、そ
れが私の人生ですね。
お読みいただき有難うございます。
ＨＯＭＥ
|